スペシャルインタビュー:重見 聡史さん

株式会社本田技術研究所
執行役員 基礎技術研究センター担当


1987年3月、東京電機大学電子工学科卒。同年4月、本田技研工業株式会社に入社し、株式会社本田技術研究所に配属となる。自動車のエンジンコントロールユニット(ECU)の開発を手がけ、1996年9月からはロボットの研究に従事しHondaロボティクス技術進化に貢献した。ASIMO開発は当初から携わり、2002年より開発責任者、2004年12月発表の「次世代ASIMO」以降は、開発リーダーを務める。2015年4月より現職。

ASIMO 開発の根底に息づく東京電機大学での日々

重見 聡史

先日、東京電機大学で講演させていただいたんですよ。学生さんたち皆、真剣な面持ちで耳を傾けてくれ、ものづくりへの興味が手に取るように伝わってきました。特にロボット技術の話には深く頷くなど反応がよい印象を受け、私も学生であった当時を懐かしみました。

小さい頃から電気工作が好きで、中学はアマチュア無線部での活動や自作ラジオの製作に熱中していました。私が高校生の頃は、ちょうど自動車のエンジンのキャブレターが電子制御に移行する時代で、あたらしい技術が生まれようとする転換期でした。電大に進んだのは、もともと興味のあった自動車の技術進化がきっかけです。将来は、第一線で活躍できるエンジニアになりたいと考え、実学を重んじる電大に魅力を感じました。

自動車からロボットへ、大学卒業後の仕事

大学卒業後は、株式会社本田技術研究所でECUという自動車のエンジン部などをコントロールするコンピューターの開発に携わりました。その商品化を経て、社内で1986年から発足していたロボット研究に参画しました。ASIMOプロジェクトには初期から携わり、2002年に開発責任者となって現在に至ります。

私がロボット分野へと進んだのは、ロボット技術は機械だけでなく制御や情報処理など多様な技術の集合体であり、多面的なチャレンジができると感じたためです。また、ありたいロボットを実現することで、人の生活スタイルが変わるような、これまでにない新しい価値を社会に提供できると考えました。

ASIMO 開発理念と電大のスピリッツ

ASIMOの二足歩行や指先や関節の詳細な動き、その他の機能やデザインは、数々の研究開発を経た成果です。例えば前身であるP3は工場で働くロボットを想定していて、もっと大きな大人サイズの160㎝、130㎏でした。そこからより生活に寄り添えるロボットに方向性を定めた結果、小型軽量化した初代ASIMOが誕生した背景があります。

現在のASIMOの身長は130㎝、50㎏。照明スイッチのオンオフやドアノブの開閉など、家の中で手が届き作業ができるサイズを検討し、児童の身長にしています。この点も重要で、私たちが常に目指してきたのは人間社会に溶け込めるロボット。

「人の役に立ち、生活を豊かにする」という弊社のロボット研究の理念が、研究開発の根底を支えています。考えれば、「技術は人なり」という、電大の教育・研究理念とも近しいことかもしれないですね。

研究への取り組み姿勢

私が尊敬する技術者の方々には、ある共通点があります。それは、「高い専門性を持ちながらも、他の技術・学問分野でも議論を行える」こと。原理原則を身につけ技術を追求するプロフェッショナルでありながら、あらゆる自然法則に目を向けるジェネラリストでもあります。一見、相反することかもしれませんが、その両立を目指す技術者の姿勢が、世の中にあたらしい製品や技術を生み出し、これからの社会・研究を担っていくのだと私は思います。

将来への展望

ASIMOを、AIとの組み合わせにより知能機械へと進化させていきます。人が持っている機能をロボットで実現していくことがASIMOの進化につながっています。

最初は、歩くところから階段を登れるようになり、目や耳の機能を使うことで人の顔や声を認識し、さらに姿勢・仕草を理解できるようになりました。そして現在は、飲み物の運搬だけでなく、水筒の蓋を開けてコップに注ぐなど指先を使った作業もできるようになっています。さらにAI 活用では、「経験」・「将来予測」から相手に適した行動の自律的な選択が可能になりました。

今後は、人のより身近で役に立てるASIMOの研究を進めていくとともに、その過程で生まれる技術をさまざまな分野に応用し、ロボット技術で広く社会に貢献していきたいと思います。同時に、ロボット研究の究極は「人間を理解する」こと。未だ解明されぬ領域への探究を続けていきたい
ですね。

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