FD/SDセミナーレポート「大学で教える人の授業デザインと教授法」向後千春 先生

2017.06.30

教育改善推進室主催、平成29年度FD/SDセミナーは『早稲田大学 向後千春先生』をお招きして<大学で教える人の授業デザインと教授法>と題して、教えることについて学び向上したいと感じている方向けに、「教える技術」をレクチャーして頂きました。今回は向後先生の「模擬授業」を体験することで、参加者が学生の立場となり、学ぶ意欲を刺激する方法をより体感できる内容となっています。
(2017年6月30日に開催した内容を編集したものです)

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向後 千春 先生

早稲田大学
人間科学学術院 教授
専門は教育工学、教育心理学、アドラー心理学

<著書>
いちばんやさしい教える技術(永岡書店)
教師のための「教える技術」(明治図書出版)
上手な教え方の教科書(技術評論社) 他多数

向後先生の模擬授業~統計学~

本日は私の模擬授業を受けてもらいます。皆さんは先生の立場ではなく、学生に戻ったつもりで授業に参加して下さい。何を題材にするか選んだときに、学生に一番人気のない「統計学」はどうであろうかと思いました。統計学は理文系問わず教えられる学問ですが、統計と聞くだけで拒否反応を示す方もいます。そんなとっつきにくい統計学の模擬授業をこれからしていきます。

まずはここに集まっている皆さんに質問です。
統計学ってどんなイメージですか?

—サイコロを振って出た目のグループを指名
・沢山のデータを扱う
・役に立つもの
・正直あまりやりたくない

(学生の役になりきった参加者のコメント)





 



皆さんはコンビニに行きますか。コンビニのレジでは店側がこっそりと客の男女別や年齢層を入力しています。その客が何時に来て何を買ったのか。データは即時にデータセンターに送られ蓄積されます。そのビッグデータを扱うことで、何が売れる傾向にあるのか、又は今後売れる商品は何であるのかを分析し、会社の意思決定に役立てられます。商品開発や流通あるいは法学現場でも、様々な業種でデータを分析し読み取る能力は非常に重要です。データを扱わない企業はありません。この統計学の授業を受けて面白そうだと感じたら是非磨いて下さい。皆さんの専門に、データを扱うスキルがプラスされれば社会の中では相当重宝されます。

ここからはデータの収集と分析を学んでもらうために、皆さんには新入社員研修の疑似体験をしてもらいます。コーラを販売している会社です。新商品を開発したのですが、どれくらい売れそうであるか考えて頂きたい。従来品と比べ味が良くなっているのか、それともあまり変わらないのか。各段に味が良くなり売れそうであれば広告宣伝費をかけ大々的に売り出したい。しかしあまり変わらないのであれば、会社にとってはリスクが大きくなります。そこでブラインドテストをしました。ランダムに選んだ10人に飲み比べてもらい、何人が新商品を美味しいと判断したのか。例えばこれが新商品と従来品で5:5の半々の結果であれば、そこは従来品を売るほうが会社はリスクがありません。では何:何の割合でしたら新商品を売ろうと思いますか。皆の意見を聞かせて下さい。

—サイコロを振って出た目のグループを指名
・2:8
・4:6

(向後先生と学生役の参加者との間で、活発な意見のやり取りが続きます)










では、次に各グループで何:何であれば新商品を売り出すか話し合いをして下さい。

—向後先生がタイマーを計り3分間話し合い。その後グループごとに発表。
・0:10
・3:7
・2.5:7.5

(各グループから様々な数字が意見として出ます)









発表ありがとうございました。この数字を答えた方は「数字に意味」があると思ったから答えた。2:8では弱い、偶然であるかも知れない。0:10の数字で無ければ意味が無いと思ったからこそ答えた訳です。数字が偶然であるか、意味がある違いであるか。この領域を区別することを「検定」と言います。


ではここからはピンポン玉を使って領域を区別することを学んで行きます。
袋の中に白とオレンジのピンポン玉が計40個入っています。しかしどれくらいの割合で中に入っているかはわかりません。ここから5個を引いて白とオレンジが何個ずつ出れば、5:5で入っていないと判断するのか。それを今から3分間、グループ内で話し合って下さい。

—向後先生がタイマーを計り3分間話し合い。その後グループごとに発表。
・全部同じ色が出た場合
・4:1で出た場合

発表ありがとうございました。この5:5ではない基準を決めることが、統計学の言葉で「有意水準」といいます。判断材料は意味があることであり、偶然ではないと決めることです。では実際にどう出てくるのかピンポン玉を引いてもらいます。

—サイコロを振り出た目の方が代表となり、実際に袋からピンポン玉を取り出す。

4:1で出てきました。しかし実際は白とオレンジは5:5で入っています。ですから4:1では判断材料としては厳しいということです。偶然の可能性が高くなる。こちらを計算式にしてみます。ピンポン玉5個を引くのに32通りあります。4:1になる確率は31.2%ですからかなり高い水準であると言えます。

駆け足でしたが、これで模擬授業を終わりにします。


模擬授業終了後、グループごとに授業を受けた印象を話し合いました。
ここでも向後先生はタイマーを計り「グループ内1人1分で意見をお願いします」と細かな時間設定をされました。時間と順番を管理することで、ひとりに偏ることなくグループ内全員が意見を言うことができます。

以下に代表的な意見をまとめます。

・学生参加型で飽きない。
・サイコロでランダムに指名されるので緊張感がある。
・議論をしていると答えを知りたくなるので知的好奇心が湧く。
・講義中に小ネタがあるのが面白い
・全体イメージを示すことも必要
・大学の授業回数に合わせることが大変
・学生から想定外の意見が出たときにまとめることが難しい
・小道具を使うことで実感しやすい
・理系では数式がある方が良い
・グループ人数が良かった
・時間を短く区切っているので簡潔にまとめなくてはという緊張感があった。

ARCS動機づけモデル

インストラクショナルデザインはARCS動機づけモデルを大切にしています。

【A-Attention】注意
授業の始めは必ず学生の興味を惹きましょう。ここに一番力を入れて下さい。統計学といった科目は、難しそうだと感じて来ている学生が殆どです。そこをあえて壊し、それほど難しくは無さそうだと関心を持ってもらいたい。先生方は面白そうなトピックをインターネットで探しても良いですから、授業の始めには注意を惹きましょう。

【R-Relevance】関連性
今から教える科目が、学生にどう関わっているのか明示して下さい。統計学という学問は、学生は「自分には遠い存在であり、データを扱うことは無い」と思っています。しかしもっと身近で、社会でも必要なスキルであると強調します。関連性がわかれば習得することに価値を見出します。

【C-Confidence】自信
努力をすれば習得できるであろう期待感を持たせることです。しかし、あまりにも易しい科目であれば期待値はあがりません。少し難しそうではあるが、やってみれば理解できるという自信を持たせることです。やる気は「期待×価値」の両方が無ければあがりません。これは心理学でも広範に使われています。

【S-Satisfaction】満足
グループワークで意見交換をしても正解は出てきません。ですから間違った答えかもしれないと考え込む必要がない。沢山の意見があるなかで、そういう意見もあるよねと全部肯定し全員で共有する。そういった経験を積むことで、やって良かったという満足感を持って学習を終えて欲しいと考えています。

ガニエの9教授事象

ガニエ先生の9教授事象を紹介致します。

1.注意をひく
2.目標を知らせる
3.既に知っていることを思い出させる
4.材料を提示する
5.学習をガイドする
6.練習の機会を作る
7.フィードバックをする
8.評価する
9.保持と転移を促す

これが授業設計をする上で大切なことです。まず注意をひき、目標を知らせ、前回学んだことを思い出させる。学習の道しるべを示した上で、材料を提示します。授業内で練習を行い、最後には必ずフィードバックをして下さい。学生は聞いたことをすぐに試したいのです。宿題に出すのでは遅すぎます。ですから授業内で小テスト等を行い、即時フィードバックを心がけて下さい。そこで評価されることによって、自分がどれくらい理解しているかがわかります。

インストラクショナルデザインは、その科目が学生にとって必要かどうかを重要視します。必要が無ければ教える必要は無いはずです。基礎科目でしたら、ここでこのように役に立つ。あるいは専門科目でしたら、こちらの学問に応用されている。そういったことを授業の度に説明して下さい。先生方は専門家ですから「そんなことわかりきったことじゃないか」と考えるとは思いますが、聞いている学生には新鮮で非常に重要な情報です。ゴールが見えてくると学生の授業に対する気持ちも上がります。


以上が向後先生の模擬授業と解説です。向後先生の授業は小道具が効果的に使われ、「この先にどうなるのだろう」と知的興味が刺激されるよう工夫されています。ピンポン玉の他にもフライドポテトを使って授業を行うこともあるそうです。また、グループワークを行う際も時間を細かく管理し「全員が参加する」という雰囲気が生まれました。参加者は授業を楽しみながらも、教室には心地よい緊張感がありました。