FD/SDセミナーレポート「はじめて大学で教える人のための上手な教え方」向後千春 先生

2017.06.22

教育改善推進室主催、平成29年度FD/SDセミナーは『早稲田大学 向後千春先生』をお招きして<はじめて大学で教える人のための上手な教え方>と題して、教えることについて基礎から学び向上したいと感じている方向けに「教える技術」をレクチャーして頂きました。
(2017年6月22日に開催した内容を編集したものです)

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向後 千春 先生

早稲田大学
人間科学学術院 教授
専門は教育工学、教育心理学、アドラー心理学

<著書>
いちばんやさしい教える技術(永岡書店)
教師のための「教える技術」(明治図書出版)
上手な教え方の教科書(技術評論社) 他多数

導入部分

冒頭では、向後先生ご考案の「教えることについて」の自己診断をすることから始まりました。簡単なアンケートに記入していくと、回答者が「教えること」について「価値と自信」を感じて取り組んでいるのかどうかわかります。自分はどこに自信を無くしているのか。あるいはどんなことに悩んでいるのか。改めて見つめ直すきっかけとなります。全員が記入を終えた時点で、向後先生がサイコロを振り、出た目でランダムに参加者を指名し、授業運営の悩みと考えを発表してもらいました。

インストラクショナルデザインとは

私たち大学は文科省よりアクティブラーニングの推進を求められています。私が専門にしているイントラクショナルデザインとは、「人に学問を教えるときに、どうすれば効果的かつ効率的で魅力的に教えられるか」を考えた学問です。「効果的」というのは先生が教えて学生がわかれば効果があったということです。「効率的」というのは同じ効果を上げるのにどれくらい短い時間でできるか。そして「魅力的」というのはやって良かったという満足感を得て学習を終えてほしい。インストラクショナルデザインには始めからアクティブラーニングの要素が入っています。

【学習者検証の原則】
教え方が効果的であるかどうかは、学習者が実際に成果を上げることで評価されます。正しい教え方というものはありません。先生が一生懸命に教えていても、学生が何も学んでいなければそれは「学び」ではありません。
【成功的教育観】
教える側の「教えたつもり」ではなく学習者が学習目標を達成したかどうか。そのことに関心を持ちましょう。
【改善のサイクル】
教える側が熱心に授業準備をするのではなく、学生が中心となって学んでもらう。学習者が試行錯誤し失敗することによって自ら学ぶ活動にしたい。

これがインストラクショナルデザインの基本的な考えです。そのためには様々な工夫が考えられます。

ARCS動機づけモデル

【A-Attention】注意をひく
学生が授業に来て、面白そうだと感じるかどうか。必修授業の多い大学ほどここで失敗しています。学生は自ら選んできたのではなく半分義務的に来ている。ここで失望させない、興味を引くような授業になっているかどうか。
【R-Relevance】関連性があるか
授業の内容と学生自身に関連性があるかどうか。たとえ基礎的な学問でもどのように応用され、どのような技術の基になっているかを伝える。あるいは、この授業を受けると何か役に立つスキルが身に付くと伝える。こうしたことを折に触れて学生に伝えて下さい。
【C-Confidence】自信
学生がやればできそうだという感覚を持てること。始めはできるだけスモールステップを踏み脱落者を作らないようにする。基本的な概念を憶え、試行錯誤を繰り返し、ある瞬間わかったときにすごく成長するものです。直線的なカリキュラムではなくカーブを描くようにすることが、人間的なカリキュラムの作り方と言えます。
【S-Satisfaction】満足
そして「やればできそうだ」という感覚から「やってできた」に繋がれば、この授業を受けて良かったという満足につながります。

これをARCS動機づけモデルと呼びます。この4つの側面を見てご自身の授業設計がどうなっているのか振り返って頂きたいと思います。

ロバート・パイク90:20:8の原則

ロバート・パイク氏は企業研修の研究家です。彼は企業研修をするときに守るべき時間の単位を提唱しています。これは大学の授業にも当てはめることができます。セッションは90分以内に終わること。100分授業であれば間に5分位の休憩を入れると良いと思います。長い授業を受けていると本当に疲れますので、少しのブレイクを入れるだけで集中力が復活します。そして20分以内でペースを変えること。グループワークをさせるなら20分以内で終わらせる。先生が話すときは20分以内には終わらせる。そしてキリが悪いくらいのタイミングでブレイクを入れると、学生側にしてみれば次はどうなるのだろうと知的好奇心を刺激されます。これを心理学の言葉でツァイガルニック効果と言います。そして8分で学習者に考える時間を与えること。学習者に何か発表させたり、こちら側の問いかけに答える時間を設けます。この原理を守るとどんな授業でもうまくいきます。

予習動画の活用

最近の研究で宿題を出すことはあまり効果的ではないことがわかってきました。復習をさせるよりも反転して予習をさせることが良いとされてきています。具体的に予習の方法として、eラーニングを活用します。しかし、すごいシステムを作る必要はありません。ご自身で10分くらいの動画を作ってそれを学生に観てもらう。動画を作成するときはスタジオ等で撮影する必要は全くありません。研究室や身近な環境で自撮りをし、たとえ原稿を噛んでしまっても失敗したままで流します。それくらい気楽な動画の方が学生には親しみ感じてもらうことができます。今はスマートフォンで動画が観られますので好きなとき、好きな場所で観ることができます。視聴率が上がらないといった声がありますが、動画の最後に5~6問クイズを用意するとかなり効果的です。クイズも即時フィードバックしていれば、観る方も躍起になって100点を取ろうとする者も現れます。そして授業は学生全員が観ていることを前提として進めます。私の授業では反転動画を観たことを前提としてグループワークをしますが、そこで観てこなかった者がいるとそのグループは他よりも遅れてしまいます。グループ内に迷惑がかかるとわかれば、次回からは観てくるようになります。そのようにして定着させていきます。

グループワークの心得

グループワークをさせると暇そうにしていたり、スマートフォンを触っていたりするフリーライダーが生まれることがあります。そういった学生が生まれるのは先生の責任です。授業設計がうまくいっていないから、授業が成り立たなくなっているのです。「今からこの課題を30分でやって下さい」と丸投げするのではなく、1分、3分、5分と時間を細かく区切り、そこで何をするのかをきちんと管理してください。私はグループの人数は4人がベストだと思っています。4人グループであればサボることができなくなります。もしそれ以上の人数をグループにするのであれば、一人一人の役割を完全に分けることです。ここでも先生の細かな管理が必要になります。そのようにして授業を進め、学習者が中心になっていく授業をしてもらいたいと思います。

大学の教室は入ってきた順番に好きな席に座りますよね。そうすると仲の良いもの同士、あるいは後ろから席が埋まっていきます。グループワークも好きな者同士になるので勝手にお喋りを始めたり、余ってしまう者も現れます。ですから私の授業では全て指定席にしています。確かにこちら側が指定した席に座ってもらうのは面倒で、最初のうちは15分くらい時間を使ってしまうこともあります。それでも続けていけば段取りにも慣れてきますし、全員が着席したグループから自己紹介を始めてもらえば協力的な雰囲気を作ることもでき授業へのメリットは大きいです。

そしてグループ発表ですが、全グループに発表させると時間がどうしても足りません。ですからここでもサイコロを振りランダムに指名します。ランダムに指名されることがわかっていれば、グループ間で緊張感も生まれます。聞いている者はたとえ数組のグループ意見でも自分との相違や共通点を見つけることで、授業に対する満足度が上がります。そして先生方はたとえどんな発表であっても「それは貴重な意見である」と尊重して下さい。否定されない雰囲気を作ることは授業運営において非常に重要です。

学習者中心の授業にするには

先生方は教えることが専門ですから、授業中に長く話をしてしまう傾向にあります。これは先生のサービス精神の表れです。丁寧に話そうとしているから長くなる。しかし人間の記憶には限界があります。こちらが沢山話しても、学生が覚えていられるのはせいぜい3~5くらいしか記憶として保持されません。ですから10全て教えるのではなく、情報は絞って教え、この先はどうなるのか興味関心を引き出せるようにして頂きたい。

そして授業においてフィードバックはとても大切ですが、1週間後、1ヶ月後に行うフィードバックは成績をつける先生側の都合であって、学習者には殆ど役に立ちません。良いフィードバックは課題をやらせたらその場で即時にフィードバックすることです。しかし何十人もいる教室では先生一人でそれはできません。したがって学生同士で相互評価をさせる時間を作ります。これを行うと学生同士で話をする時間が生まれます。では先生は授業中に何をするのかというと、段取りを決めることが役割になります。「今から3分間で課題をやって下さい」「今から1分で相互評価をして下さい」と語りかけ、細かく時間配分を決めることが重要です。

社会に出たときに一番大切な能力とは何かを考えたときに、自己調整力が非常に重要となります。自己調整力とは自分をコントロールする力です。知識を与えることはもちろんですが、その知識をどう生かすか。締切までに終わらせることや、毎日すこしずつ練習すること。怠けることが無いよう自制心を持つこと。小さな課題をこなしていくことで、大きなことが達成できる経験を積ませる。先生側は課題を与えるだけでなく、学生が自己調整力を伸ばせるような授業設計を心掛けてください。


以上が向後先生のお話です。向後先生は講演中何度か時間を区切り、参加者に考えさせ話し合う時間を作りました。そして話し合う際も「今から1分で意見を言って下さい」と細かな時間配分をされていました。一方的に聴講するのではなく、参加者は自ら参加し考えることによって、セミナーがより充実したものとなりました。
→次回は向後先生の『模擬授業』になります。