「実学尊重」の精神で優れた技術者・研究者を育成する大学院には、専門的かつ高度な知見を持つ教員が数多く在籍し、社会的課題の解決に貢献する研究に取り組んでいます。
教員や学生の研究活動を積極的に支援している総合研究所と、未来の扉を開く高度研究の一端をご紹介します。
全学的な研究機関として1981年に設立された総合研究所は、5つの研究部門、5つのプロジェクト研究所からなります。大学本来の使命である知の創造と学問の創成に主眼をおき、1.プロジェクト研究の推進 2.若手研究者の育成 3.各種研究費の審査・配分を通して研究の推進と社会への貢献に努めています。
研究部門は、社会的課題対応型3部門「エネルギー・環境研究部門」、「生命・医工学研究部門」、「情報研究部門」、そのための技術開発につながる「基盤工学研究部門」、知識を重視する「基礎科学研究部門」からなる5部門制です。
大学での研究活動の成果を社会に還元することを使命として活動を行っています。
未来科学研究科 ロボット・メカトロニクス学専攻
教授 花﨑 泉
本研究室では身体知の一つである調音動作を、人が発生する音声、表情筋電位、発音時頭部MR画像などの信号に基づき数理的に解析して、日本人のための英語発音訓練の支援方法を考案しています。身体知とは、長年の動作習慣により身についた身体の作動を指します。肺や舌・口唇などの調音器官を巧妙に動かし音声をつくり出すことも、私たちが日常行っている身体知の一つです。意識していない口腔内の舌の動きや音声を可視化して表示することにより、英語発音の訓練者にも指導者にも理解しやすい支援方法の開発を進めています。人は、歳を重ねるに従い筋肉の衰えから身体に支障が生じてきます。そして、筋肉の衰えは声にも現われます。本研究は、若々しい声を保つ発声法を支援することにより健康維持にも貢献できると考えています。
歩行動作も身体知の一つです。安全な歩行を保つには全身の筋肉を上手に動かしバランスをとりながら歩を進める必要があります。私たちは無意識で歩いていますが、かなり高度な身体制御が行われています。歩行を維持する筋肉の衰えを予防する体操が考案されています。体操動作中の身体信号を解析して評価することにより、身体に負担のない安全な身体の動かし方を支援する研究も進めています。
信号処理技術を活用して「自らできる喜びを感じる支援」をモットーに、自己の機能の使い方を教示することによる動作支援法の開発に努めています。
開発中の発音訓練システムでの訓練評価実験風景
システムデザイン工学研究科 情報システム工学専攻
教授 八槇 博史
インターネットの普及により、私たちは世界中と速く広くつながることができるようになりましたが、その一方でネット犯罪などの社会問題も大きくなっています。2013年4月に本学に開設された新しい研究室が利用者や社会の安全に役立つ情報技術の研究にどのように取り組んでいるのか、ご紹介しましょう。
現在この研究室で進行しているプロジェクトの一つは、安全な公衆無線LANシステムの研究です。いま国内で展開されている公衆無線LANは、携帯キャリアなどが提供しているものと、街中や空港・駅といったスポットで使える、店舗や自治体などが提供しているものがありますが、我々が対象にしているのは後者です。これは、その場所にいれば誰もがフリーで利用できる通信環境なのですが、かなり危険が潜んでいます。基本的には、その場でメールアドレスなどを入力し、ユーザー登録をして利用するシステムになっていますが、その相手が本物のサービス提供者であるという確証はないのです。ですから、街中に誰がいるのかわからない状況で、相手が信頼できることを確認してから利用するための枠組が必要になります。これは分散コンピューティングやセキュリティの分野で「トラスト(信頼)」と呼ばれている概念で、それを公衆無線LANに取り込んで安全に使えるシステムの研究を行っています。
もう一つのテーマが、クラウドコンピューティングの学術利用です。現在クラウドはかなり普及が進んでいますが、そのほとんどは企業活動のためのもので、大学の学術分野における利用はあまり広がっていません。大学の研究においては、学内でシステムを構築するケースがほとんどですが、クラウド上に並列かつ多数展開されているコンピュータをネットワーク経由して利用できれば、コストを抑えながら大量の計算を短時間で処理できるのではないでしょうか。このような利用を進めることにより、学術研究がより活発に展開されることに貢献したいと考えています。
情報技術の分野は、最先端といわれているものが、実は以前に流行していた基礎的な技術をベースとしていることが多々あります。10年や20年というサイクルで進化しながら回帰してきて、少しずつ高度化を遂げているのです。そういう分野なので、目先の新しさに振り回されることなく、根幹となっている理論や技術を的確に見据えることができる人材を育成していきたいですね。
未来科学研究科 建築学専攻 教授
山田 あすか
「建築計画」と「環境行動」が、この研究室の専門分野です。私は以前から、医療や福祉、教育の施設を専門にしていますが、「建築計画」では、そういった建築物の実施設計の前段階の計画、その建物の利用者像や活動の想定や、建物がどのようにできていれば利用者にとって使いやすく、安全で快適か、といったことを研究し、提案します。一方、「環境行動」では、人間と環境の関係そのものに着目し、ある環境に置かれた際に人々がどのような心理をもち、どのような行動をとるのか、ということを研究します。
研究対象は、高齢者施設や障碍者施設、病院、学校などですが、そこで大事にしているのは、「人を助ける環境のあり方」という視点です。環境から影響を受けやすい人たちを、環境を整えることで支え、主体的で個々人が尊重される生活を支援していきたい、ということです。実際に保育施設や、高齢者施設の設計などに一緒に携わることもあります。そういった活動を通して研究成果を少しでも社会に還元していきたいと思っています。今後も地方自治体や国の研究機関などと連携して、研究や実践活動を進める予定です。私たちにできることは多いし、やらなければならないと強く感じています。
実際に設計に携わった医療施設の子供用プレイルームです。リハビリが進んでいなかった子供がここで遊びを通して生き生きと過ごせるようになった事例をうかがい、とても嬉しいです。
工学研究科 電気電子工学専攻 教授
加藤 政一
エネルギー環境システム研究室では、エネルギーシステムの計画や運用・制御、および環境評価を主な研究テーマとしています。なかでも現在力を入れて取り組んでいるのが、再生可能エネルギーの影響評価とその対策です。太陽光発電や風力発電などが、より広く社会に入ってきた時に電力系統にどういう影響があるのか、問題があるとしたら、どういう対策を講じれば導入を推進することができるのか、技術的、経済的な視点で研究を行っています。
もう一つのテーマが、スマートコミュニティです。これは、電気だけでなく、熱エネルギーや交通インフラなどを含めて、地域の最適設計を推進しようというものです。普段からコストを最小に設計して、より効率のよいエネルギー供給を図ることが狙いですが、その中で特に着目しているのがゴミ発電です。ゴミ焼却の廃熱を発電に利用するわけですが、万一の大災害で電力供給がストップした際でも、清掃工場を核にして地域に電力が供給できるようなレジリエントな街づくりができないかと考えています。
技術そのものは決して新しいものではありませんが、利用法などをさまざまな角度から検証することで、新しい視野が広がることを目指しています。
東京千住キャンパスの屋上には、太陽光パネルを設置して太陽光発電を行っており、再生可能エネルギーの影響評価などの有効な研究材料となっています。
理工学研究科 生命理工学専攻 准教授
安部 智子
タンカーが座礁し、大量の原油が海に流出する事故は数多く、その度に魚や海鳥はもちろん、周辺地域の暮らしにも深刻な影響を与えています。このような海洋汚染の浄化には、膨大な時間と人員、資金を必要としますが、近年では「バイオレメディエーション(微生物による環境浄化)」の事例が増えています。微生物に養分を与えて活性化させることで、汚染物質の分解を促すだけではなく、プラスチックやPCB(ポリ塩化ビフェニル)など処理のしにくい人工物を分解する微生物も発見されています。
本研究室でも、環境汚染物質を分解する微生物の探索や、バシラス属細菌を利用した廃水処理技術の確立などに取り組んでいます。これ以外にも、医薬品や機能性食品の開発につながる酵素を用いた新規ペプチド合成法の確立や、微生物発酵茶の成分解析など研究範囲は多様です。「微生物を用いた有用物質生産」を研究テーマに掲げ、学生たちは土壌や海洋など様々な環境から探し出した微生物を解析し、遺伝子組み換え技術によって微生物に新しい能力を付加するなどの実験を繰り返しています。その日々の中で重視するのは、それが“人や社会に役立つ”研究であるか、否かです。
実は新型コロナウイルス感染の拡大防止の一助となった「PCR検査」にも、微生物の能力が活かされています。PCRとは、ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction)を指し、端的に言えば、高温のサイクルを繰り返すことによってウイルスのDNAを短時間に増幅させ、検出する仕組みです。その際に、利用されるのが高温の環境下でも活動する好熱菌の酵素なのです。乾燥に強く、宇宙空間でも生き続ける微生物もいます。
医療の現場だけではなく、環境汚染の解決や機能性食品の開発、さらに宇宙にまで広がる微生物の可能性を日々追求し、産業への貢献を果たしていきます。